井の頭線から小田急線へ

先週のある日、所用のため世田谷の豪徳寺へ行くことに。
会社帰りだったので、渋谷から井の頭線に乗り下北沢で小田急線に乗り換えることにした。
はるか遠い昔のことだが(子どもの頃という意味です・・・)、けっこうな期間小田急線の千歳船橋と経堂の間ぐらいのところに住んでいた。
だから、わたしの子ども時代に遊んだ場所の記憶というと、あのあたりの記憶。
今ではほとんど訪れることもないが、小田急線ときくとノスタルジックな思いに駆られる。

あいかわらず、人でごったがえす渋谷にすっかり辟易しながら、マークシティを抜け、昔とはすっかり様変わりしてしまった井の頭線乗り場へ向かう。
井の頭線に乗り下北沢で下車。
下北沢で降りるなんて、いったい何年ぶりだろうかと思いながら、小田急線乗り換え方面へ。
そのときだった。
わぁー、ここって・・・。
下北沢駅、30年前(いやもっと前か)とまったく変わっていない。
この井の頭線から小田急線への乗り換えの通路の妙に段差の低い階段、小田急線のホーム、汚いのも狭いのも階段のピッチもまったく昔のまま。
いまどきどこの駅もきれいに改装されてるというのに、この下北沢駅は、何十年もの間、まったく時間が止まってしまったようだった。

なんだか不思議な思いにとらわれながら、小田急線に乗り豪徳寺で降りる。
考えてみれば、豪徳寺の隣の駅の経堂はほぼ毎日利用していたというのに、この豪徳寺という駅はほとんど降りたことがなかったし、豪徳寺にもいったことがなかった。
豪徳寺は、駅前の商店街を抜け、住宅街の中にひっそりと佇む、静かなすてきなお寺だった。
所用を済ませ、もう一度ゆっくりと来てみたいと思いながら、帰路につこうとしたとき、井伊直弼のお墓が目に入った。豪徳寺にお墓があったんだ。

その帰り道、電車で読んだ本は、わたしにしてはとっても珍しく、浅田次郎の「五郎治殿御顛末」という幕末から明治にかけての武士を描いた短編集(浅田次郎を読むのも珍しいし、その時代の小説を読むのもすごーく珍しい。)、その中の「柘榴坂の仇討」という作品だった。
それは奇しくも、さっき見かけた井伊直弼が暗殺された桜田門外の変のときに、井伊大老の護衛をしていた男のその後の物語。
ラスト近くに「明日は、世田谷の豪徳寺に掃部頭様(井伊直弼のこと)の墓参りをいたそうと思う。」というセリフがあり、あ、さっきみてきた・・・、あまりの偶然に驚いた。

なんだか、不思議な日だった。


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写真はまったく関係ありません。

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Commented at 2009-07-16 23:13
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by arak_okano at 2009-07-17 21:44
アラックです。
この話しは懐かし過ぎます!!!
5年間千歳船橋近くの職場にいました。
経堂、豪徳寺など行きましたね!!
下北沢は、20年くらい前に良く飲みに行っていましたね、
懐かしいな!!!
Commented by giovanni12 at 2009-07-17 22:20
鍵コメさま、おかえり~♥
そうなの、またもや残念でした。
近いうちに、お会いできたらいいな。
Commented by giovanni12 at 2009-07-17 22:24
アラックさん、千歳船橋に職場があったのですね。
たぶん、わたしが千歳船橋近辺に住んでいたのは、
さらにその前かと・・・(汗)
下北沢や豪徳寺、あのあたりって、独特の雰囲気のあるすてきな街ですよね。
by giovanni12 | 2009-07-14 22:09 | ひとりごと | Comments(4)